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ヨーロッパ編本格始動 スコットランドの世界遺産エジンバラ

スコットランド1日目

まずイギリスとするのかスコットランドとするのか

イギリス=グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国

イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランド
の4つの非独立国からなる連合王国で
イギリスとしての首都はロンドンだが
各国共に独自の首都を持っている

イングランド(ロンドン)・ウェールズ(カーディフ)
スコットランド(エジンバラ)・北アイルランド(ベルファスト)

まぁ詳しい話は置いておいて
結局のところ各国共に独自の国体系を持ち
独自の文化があるのでココでは分けることにする


朝、飛行機はアイスランドから
ブリテン島の北部スコットランドに上陸した

スコットランド首都エジンバラ


行こうか行かまいかさんざん迷った挙句
結局行くといういつものパターン

この写真の風景が撮りたかった

そしてここエジンバラは魅力的な歴史の宝庫なのだ

スコットランド王国
ペスト
フリーメイソン
ハリーポッター

楽しさ満点のエディンバラ
観光する前から少々興奮気味

スコットランドはフリーメイソンの発祥の地としても有名
(諸説あるが確認されている最古のロッジがスコットランド)

次はペスト

18世紀後半
産業革命の波が押し寄せ
エジンバラにも職を目当てに
大勢の人々がやってきた
居住容量はすぐにいっぱいになり
旧市街には上に住む人、下に住む人に分かれていった

当然上流、中流階級は上へ上へと住んでいく
貧しい人ほど地下に潜らざるを得ない

太陽の当たらない、ジメジメした地下
治安は悪化の一途をたどる
それに加えて深刻な衛生面の悪化

当時は下水処理設備など整っているわけでもなく
上に住む人たちは1日に2回
生活用水、汚物など不衛生な物を
窓から外に向かって捨てていた

その被害を被るのは地下に住む人々
衛生的に最悪の状況は
ついにペストを発生させた

最初のペスト被害者から18か月で
スコットランド全域まで拡大したペスト
隔離するもその勢いは止まらず
ついに驚愕の対策をとるまでになる



地下都市の封鎖



突如行われた封鎖によって
地下に住んでいた人々は地上に出ることもできず…
生き埋めになった人々もいるという

その後ペスト流行が落ち着いたところをみると
何とも言い難いが…

その歴史は公には語られず
裏歴史として存在していたが
1980年代に地下都市が発見され
明るみに出ることとなった

現在も調査・発掘が続いていて
一部見学も可能という事だが
今回はパス…

そういった場所の存在と
中世の街並みにある多数の空き家の中に
幾つかのゴーストハウスがあるらしい事から
ナイトツアー(ゴーストツアー)も人気のようだ


さて、

スコットランド王国はイングランドに併合されるまで
幾度も侵攻を食い止めた強国でもあった


天然要塞のような急峻な地形を利用して築かれた強固な砦
エジンバラとはこの「エドウィンの城」という意味
  

この街には中世の街並みが広範囲で残っており
中世のヨーロッパを感じたければ
エジンバラに来いと言われるほど


確かに完全に想像通りの中世の街並み
近代的な建物がほとんどなく
タイムスリップしたような感じ


ここエジンバラは
ハリーポッターの生まれた街としても有名
作者のJ.K.ローリングがこの街で
第1巻「賢者の石」を執筆

この街から生まれたのもうなずける


スコットランド音楽といえば
グレート・ハイランド・バグパイプ

そして衣装は
タータンチェックのスカートが印象的な
キルトと呼ばれるスコットランドの民族衣装


イングランド併合後
北部にあるエジンバラには
ロンドンから王室(今はエリザベス女王)が夏の時期に避暑にくる
その宮殿


いやぁ~
エジンバラ楽しい

イギリスとなると
お高くて硬いイメージがあったけど
人々は優しいし親切
そして明るくて愉快だ

人々、街歩き、観光、雰囲気
どれをとっても最高だ

予定では1泊の予定だけど
もっと居たいな~


スコットランド2日目

今日はエジンバラ郊外の教会を見学しに行く
路線バスに乗って約40分

到着したのは落ち着いていて素敵な町

この辺りに住みたい…


ロスリン礼拝堂

15世紀にテンプル騎士団に属していた貴族
ウィリアム=セント=クレア
によって建造が開始され
彼の死後、建造が止まった未完の礼拝堂

ダン・ブラウンの「ダヴィンチ・コード」に
登場した事でも有名

内部は撮影禁止だったのだが
内部全域に施された彫刻

見方によれば奇妙ともとれるその彫刻は
大勢の”石工職人”たちが彫った物で

天使、悪魔、モーゼ、緑の男や様々な植物
七つの大罪、七つの美徳などさまざま

そしてわざと未完のまま終わらせたかのように
西側にある嘆きの壁を思わせる壁
まるでエルサレムのソロモン神殿のよう…

この礼拝堂
実はフリーメイソンに関する重要な場所らしい

詳しくはココには書かないけど
気になる方は調べてみてください


十字軍、石工職人、ソロモン神殿、セント=クレア家
そしてダヴィンチ・コード

まぁそういう事ですよね…



この後エジンバラに戻り
夕日を待った


いやぁ~ホント楽しいエジンバラ

そればっか言う…

だけど今晩の夜行バスでロンドンに向かう
もう少し居たかったな~




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